フジヤマのトビウオ

フジヤマのトビウオとは、世界的に活躍した日本人競泳選手、古橋広之進の愛称。12歳で100m、200m自由形の学童日本新記録を打ち立てた。戦後、さらに才能が開花。1947年には未公認ながら400m自由形で世界新。1948年には400m、1500m自由形で世界新を打ち立てた。同年行われていたロンドン五輪は第2次世界大戦の敗戦国として日本の参加が認められなかったため出場していないが、その優勝記録をはるかにしのぐ記録だった。1949年全米選手権でも400m、800m、1500m自由形の3つの種目で世界新を打ち立てた。米メディアは古橋を称賛して「フジヤマのトビウオ」と呼んだ。合計30回以上世界記録を更新、戦後間もない日本に希望を与えた。

引退後は指導者として活動する傍ら、1998年長野冬季五輪時の日本オリンピック委員会会長や日本水泳連盟会長を務めた。日本水泳連盟会長は18年務め、日本競泳界の発展に尽くした。

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<523>  2009.8.5更新